AIが叶えてくれた30年来の夢

小学生の頃、
私の書く文章は「ポエムみたい」と言われていました。

今思えば、
それが恥ずかしかったのだと思います。

中学生になると、
毎回のように、学級通信に、私の書いた文章が掲載されるようになりました。

私はそれが嫌で、
先生にお願いしていました。

「載せないでほしい」
「どうしても載せるなら、名前は書かないでほしい」

文章を書くことは好きだったけど、
思春期特有の「目立ちたくない」感情なのか、
「ポエムみたい」と言われたのが嫌だったからか・・・

文章を書くことは好きでしたが、
文章が表に出ることには、どこか抵抗がありました。

それでも、
名前のない文章は、学級通信に載り続けていて、
私は開けることなく、いつもすぐに折りたたんで持ち帰っていました。

それでも結局、
「これ、まゆみちゃんの文章やろ」と、
クラスメイトには、わかってしまっていたようですが。

高校生になっても、
作文のコンクールで出店されて入賞したり、
京都の全高校を代表して文章を書くように言われたり、
卒業生代表の言葉を書いたりすることが続きました。

それが続いたある日、
「なんで私なんですか?」と国語の先生に聞いてみたら、
こう言われました。

「こんな美しい文章を書く高校生は、初めてだ。
持ち帰って、大学で国語を教えている妻に見せたら、「大学生よりも美しい」って褒めてたよ」

その言葉をきっかけに、
私は、「エッセイストになりたい」と思いました。

それで、ふと下りてきた文章を、書き記すようになりました。

だけど、どうやったらなれるのかは、
わかりませんでした。

調べることもしませんでした。

でもその想いは、
どこかに残っていたのだと思います。

会社員になって、
たまたま新聞広告で「絵本講座」の案内を見つけて、
気づいたら申し込んでいました。

その頃から「本を書きたい・・・」という想いが、
私の中にあったのかもしれません。

けれど、そのときの私は、
出された課題に対して何も描けませんでした。

「私には、無理なのかもしれない。」
と講座は途中でフェイドアウトしました。

当時は、「課題をしよう」と思い、机に向かって書こうとしていましたが、

よく考えたら、昔から、
「書こう」と思っても書けなくて

ふとしたときに言葉が降りてきて、
それを書き留めるというスタイルでした。

そこから数年たち、母になりました。

毎年、年に1冊、
写真と短い言葉をまとめた、
絵本のようなフォトブックを作るようになりました。

子どもが寝静まって、写真に言葉を添える作業は、
癒しそのものでした。

でも、子どもが大きくなるにつれ、
以前のように、一緒に出掛ける時間も減り、手元に写真がなくて、
作るのを辞めてしまいました。

子どもが、
「お母さん、これ、また作ってほしい」
とお願いしてきました。

「写真の数が少ないから、物語にするのが難しいから、
写真だけ並べて作ろうか?」と言うと、

「えー、お母さんの言葉がいいのにー」

そんなふうに言ってくれました。

それで、フォトアルバムの代わりに、絵本を描くことにしました。
それが長女、二十歳の誕生日。

そのときはまだ、AIで画像を生成できる時代ではなくて、
フリー画像を探しながら、
一つひとつページを組み立てました。

とても愛おしい時間でした。

「ああ、私は本当は、
 ずっとこういうことがしたかったんだな。」

そんな感覚が、
作りながら、何度も浮かんできました。

そして、娘に手渡したら、
すごく驚いて、とっても喜んでくれて、ぼろぼろ泣いていました。

私はそれまで、自分の愛情が我が子に伝わっている実感がなかったのですが、
絵本を通して確かに伝えられたと確信しました。

その翌年、
AIで画像を作れるようになり、私はまた、絵本を作りはじめました。

ちょうどその頃、
活字の電子書籍講座を受けてくださっていた方から、
こんな質問をもらいました。

「絵本って、Amazonで出せますか?」

その言葉をきっかけに、
まずは私自身が、絵本をAmazonで出版してみることにしました。

家族へのプレゼントだけでなく、
受講生さんのご出産のプレゼントとして、
また、学校での講演のテーマに合わせて。

人生の節目に寄り添う絵本を、
少しずつ形にしていくようになりました。

そして、気付けば、大々的な募集もしていないのに、
絵本を出したいという人が集まってきました。

今、講座を受けてくれている人は、

「自分のため」よりも先に
「若い世代に残したい」
「思春期の子に届けたい」
「年老いた家族のために届けたい」

様々な想いから、この場にこられています。

けれど描いていくうちに、
皆さん、同じことをおっしゃいます。

「自分の人生を、こんなふうに振り返ったのは初めてです」
「過去の出来事の見え方が変わりました」
「子どもに書いているのに、自分が癒されていました」

子どものために書いているのに、
いつのまにか、
自分の過去を見つめ、
自分の選択を受けとめ、
自分自身と対話している。

それが、大人が描く絵本なのだと、私は感じています。

実際に受講してくださっている方の多くは、
45歳以降の方がほとんどです。

私は、
この「人生の時間を重ねてきた大人世代」にこそ、絵本を描いてほしいと思っています。

それは、自分の時間を物語にしていく体験だからです。

この講座で生まれる絵本には、
これまで生きてきた時間そのものが入ってきます。

私は、そこに大きな意味があると思っています。

関係性。
後悔。
願い。
感謝。
祈り。
別れ。
受け取ってきたもの。

絵本は、
それらを「説明」ではなく、
「物語」として誰かに手渡すことができます。

子どもに絵本を描いて、Amazonで出版することは、
とても本質的で、現代的で、深い愛情表現のひとつだと、私は思っています。

それは
「何かを与える愛」ではなく、
 「あなたと過ごした時間を、大切に残したい」という愛だからです。

しかも出版することで、

世界のどこにいても読めて
何年後でも手に取れて
自分がいなくなっても残る

時間を超える贈り物になります。

30年前、叶えられなかった「絵本作家」になる夢が、
AIによって叶えられた今、改めて思うことは。

この時代に絵本を描くことは、
絵が描ける人のものでも、
文章が得意な人のものでもありません。

人生があって、
誰かに伝えたい想いがあれば、
それが叶う時代なのです。

この講座でお渡ししているのは、
作り方だけではありません。

誰かに伝えたい想いを、
自分の人生を通して、
物語として残していくという在り方です。

子どものために書きながら、
大人が、自分の人生と出会い直す。

その時間を、
私は、絵本という形で支えています。

もしあなたの中にも、

伝えそびれてきた想い
言葉にならなかった時間
残しておきたい関係性

もし、そんなものが心にあるなら、
絵本という形で、残してみませんか。

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